下町で繰り広げられるお話は登場人物たちの軽妙な会話もあって、当時人気のあった人情コメディー系ホームドラマの子ども版といった趣があります。ちなみにNHKの少年ドラマシリーズという枠で1973年に映像化されていたようですが、今回調べてみるまではその存在を知りませんでした。
自分は郊外で生活していたので下町には縁がなく、商店街の大人達と普通に会話を交わせるような環境で育ったいっちゃんに対しては苦手意識を持ったとしても不思議ではなかったのですが、あっさり仲良くなってしまいました。
がぶりと、まずうすくたまごのかかったカツにかみつく。かりっと小さな音をたてるころも。ぷーんとあぶらのいいにおいと、あまからい味が口いっぱいにひろがる。
「おかあちゃん、これ、さとうかい、みりんかい。うまいよ。」
おせじじゃない。食堂の子は味がよくわかるんだ。
当時はあまりカツ丼を食べたことがなかったというのに、この文章だけで好物になってしまいました。
そしてなんといっても題名が「コロッケまちのぼく」です。いっちゃんが大好きなさいたま屋のコロッケに関する記述が素晴らしいのは当然でしょう。
さいたま屋ってのは、いちばんコロッケのうまい肉屋なんだ。よその店が三十円なのに、二十五円。パン粉のつぶつぶがあらいのに、手で持っても、ぽろぽろ落ちない。色がいい。カステラの上っ皮みたいな、なんともいえないいい茶色だ。それと、もう一つ、いちばんかんじんなことがある。
塩味がちょうどいい。肉屋のコロッケってのは、おさらへのっけてソースをかけて、さておじぎをして「いただきます」なんてのは、まちがったたべ方なんだ。いちばん正しいたべ方は、買いたてのコロッケを、親指と人さし指でつまんで、そのまま、かりっ、かりっと歯でちぎって、あついからふうふうかたで息をしながらたべるもんだ。歩きながらね。
子どもがおやつとしてコロッケを買えるようなお店は近所になかったので、当然熱々のコロッケを歩き食いするという経験もなく、ただただ味と行為に憧れるばかりでした。
お気に入りだった「目をさませトラゴロウ」「サムくんとかいぶつ」と同じ井上洋介が描く挿絵はユーモアにあふれていて、眺めているだけで楽しくなってきます。
そうしたいろいろな要素も合わさった結果「コロッケ町のぼく」は思い出深い一冊になったのでしょう。
残念ながら絶版のようなので、読んでみたいという方は図書館で探してみてください。