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昔読んだ児童書をもう一度読んで感想文を書いてみる、個人の企画サイトです。

コロッケ町のぼく

筒井啓介 作
井上洋介 絵
あかね書房 1972年3月15日発行 500円

コロッケ町のぼく
イラスト:あみあきひこ

NHKでドラマ化
読書の幅をちょっと広げてやりたいと思ったのか、母親が買ってきてくれた本です。
舞台が日本で動物も出てこないという自分ではあまり手を出さないジャンル。おまけに人に勧められた本を気に入ることが少ないというへそ曲がりだったにも関わらず「コロッケ町のぼく」は大好きな一冊になりました。

下町で繰り広げられるお話は登場人物たちの軽妙な会話もあって、当時人気のあった人情コメディー系ホームドラマの子ども版といった趣があります。ちなみにNHKの少年ドラマシリーズという枠で1973年に映像化されていたようですが、今回調べてみるまではその存在を知りませんでした。


気がつけば友達
「コロッケ町のぼく」は食堂の一人息子いっちゃんが小学2年生から3年生へ進級する頃のお話で、この主人公の気持ちにうまくリンクできたことが作品を好きになれた一番の理由だと思っています。
物語の冒頭でいっちゃんはお客さん用のカツ丼を自分に用意されたお昼ご飯と勘違いして食べてしまうという失敗をしてしまいます。誰もがやらかしてしまいそうな日常的なミスとそこに生まれるバツの悪さを描いたエピソードはいっちゃんという男の子を一気に身近な存在にしてくれました。
また水門の決壊を防いだというオランダの少年のお話に感化されて、いざという時には自分も身を投げ出して2本の川に挟まれている町を守りたいというヒーロー願望があるあたりも共感ポイントが高かったです。

自分は郊外で生活していたので下町には縁がなく、商店街の大人達と普通に会話を交わせるような環境で育ったいっちゃんに対しては苦手意識を持ったとしても不思議ではなかったのですが、あっさり仲良くなってしまいました。


見事な食レポ
「コロッケ町のぼく」は出てくる食べ物がどれもとても美味しそうで、例えばいっちゃんが間違って食べてしまったカツ丼は次のように描かれています。

がぶりと、まずうすくたまごのかかったカツにかみつく。かりっと小さな音をたてるころも。ぷーんとあぶらのいいにおいと、あまからい味が口いっぱいにひろがる。
「おかあちゃん、これ、さとうかい、みりんかい。うまいよ。」
おせじじゃない。食堂の子は味がよくわかるんだ。

当時はあまりカツ丼を食べたことがなかったというのに、この文章だけで好物になってしまいました。

そしてなんといっても題名が「コロッケまちのぼく」です。いっちゃんが大好きなさいたま屋のコロッケに関する記述が素晴らしいのは当然でしょう。

さいたま屋ってのは、いちばんコロッケのうまい肉屋なんだ。よその店が三十円なのに、二十五円。パン粉のつぶつぶがあらいのに、手で持っても、ぽろぽろ落ちない。色がいい。カステラの上っ皮みたいな、なんともいえないいい茶色だ。それと、もう一つ、いちばんかんじんなことがある。
塩味がちょうどいい。肉屋のコロッケってのは、おさらへのっけてソースをかけて、さておじぎをして「いただきます」なんてのは、まちがったたべ方なんだ。いちばん正しいたべ方は、買いたてのコロッケを、親指と人さし指でつまんで、そのまま、かりっ、かりっと歯でちぎって、あついからふうふうかたで息をしながらたべるもんだ。歩きながらね。

子どもがおやつとしてコロッケを買えるようなお店は近所になかったので、当然熱々のコロッケを歩き食いするという経験もなく、ただただ味と行為に憧れるばかりでした。


ふたりの女性
物語には重要な役どころとして同級生であっけらかんとした性格のかなちゃんと、3年生で担任になった新卒でちょっと頼りない飯田先生というふたりの女性が出てきます。
彼女たちには異性とどう相対していけばいいのか整理しきれないふわふわした、それまでの読書にはなかった感情が呼び起こされたような記憶があります。
ちょっと近づいてみたかったり、肩をすくめるジェスチャー付きで「やれやれ、これだから女ってやつは」と言って敬遠してみたかったり。そんな男子小学生気分も蘇ってきました。

お気に入りだった「目をさませトラゴロウ」「サムくんとかいぶつ」と同じ井上洋介が描く挿絵はユーモアにあふれていて、眺めているだけで楽しくなってきます。
そうしたいろいろな要素も合わさった結果「コロッケ町のぼく」は思い出深い一冊になったのでしょう。

残念ながら絶版のようなので、読んでみたいという方は図書館で探してみてください。

(2018.11.4更新)

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