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昔読んだ児童書をもう一度読んで感想文を書いてみる、個人の企画サイトです。

透明怪人

作:江戸川乱歩
カバー絵・さしえ:柳瀬 茂
ポプラ社 昭和39年9月1日 初版
昭和47年11月30日 25版 350円

透明怪人
イラスト:あみあきひこ

透明人間
4つ上の姉のおさがりで今回が初読となったこの作品は、ご存知明智小五郎と少年探偵団が活躍するシリーズ中の一冊です。

ある日ふたりの少年が街で見かけた西洋人の男の顔はろう人形のようで、目は空洞になっていて真っ黒に見えました。正体を確かめてやろうとあとをつけた少年たちは男が入っていった廃墟で恐ろしい光景を目撃します。

バック=カップ島

怪紳士は化けものだったのです。いや、化けものよりも、もっとおそろしいやつだったのです。
ぬぎさったシャツの下に、何かがありさえすれば、こんなにもおどろきはしません。そこには、何もなかったのです。シャツの下は、からっぽだったのです。

時を同じくして東京の各地では透明人間の仕業と思われる事件が多数発生します。

透明人間のイメージは1897年に発表されたH.G.ウェルズのSF小説「透明人間」によって確立されたと言っていいでしょう。「透明怪人」の中でもウェルズの作品に少し触れられています。
更にハリウッドで映画化されたことによって透明人間はドラキュラやフランケンシュタインのようなモンスター的位置付けになりました。透明人間と聞くと全身を包帯で巻き、サングラスにソフト帽というビジュアルをつい思い浮かべてしまうのはそのおかげかもしれません。

もっとも子どもの頃の自分にとって透明人間はそれほど怖くなく、どちらかといえばユーモラスな存在としてとらえていました。彦一とんち話をはじめとして主人公が透明になって巻き起こす珍騒動を描いた漫画などに数多く接してきたからだと思います。


怪老人
透明怪人を尾行してその住処と思われる部屋に潜入した少年探偵団の副団長・大友君の前に謎の老人が現れます。

「いま、せけんをさわがせている、あの透明怪人は、いったいなんだろう。あんな、ふしぎな人間が、しぜんに生まれてきたと思うかね。むろん、生まれたのではない。星の世界から飛んできたのでもない。あれは、つくられたものだ。そして、あれを、つくったのは、このわしなのだ。」

特殊な薬品を発明して人間の透明化に成功した老人は、十万人の透明人間を作り出せば世界中を敵に回しても負けることはないとうそぶきます。

果たしてそうでしょうか。味方であっても姿が見えないとなれば活躍の場は要人暗殺など単独行動がメインのものに限られてくると思います。
完全に透明でいられるのは素っ裸の時だけなので、服を着たり靴を履いたり武器を持てば透明である優位性はどんどん薄れていきます。全世界を相手にするほど戦火が拡大し戦車や戦闘機に乗るようになってしまえばもはや透明である必要もありません。

もっともそこをとやかく言うのは野暮というもの。なぜならこの本を手にしている読者のほとんどは老人の正体が怪人二十面相だと確信していて、二十面相の真の目的は社会を騒がせ、永遠のライバルともいえる明智小五郎をぎゃふんと言わせることにあると知っているからです。


トリック
本作には透明人間の謎を追う新聞記者が登場します。記者は銀座の街中で姿の見えない人間にぶつかるという経験をし、更にはその不思議な現象がまわりに広がっていく様子を目撃していました。

すると、ぼくのすぐうしろから、あるいていた、ふたりづれの女の人が、「あらッ。」と言って、何かにつきとばされたように、よろめくのが見えた。しかし、べつに、つきとばした人間のすがたは、見えないのだよ。
ぼくは「へんだな。」と思って、立ちどまったまま、見ていると、女の人のうしろで、ひとりの若い男が、またヨロヨロとした。そして、「やい、気をつけろ。」とどなったが、だれもぶつかった人間がいないので、ふしぎそうに、あたりをみまわしている。

実はふたりづれの女性や若い男性は二十面相の部下でした。人通りの多い場所で姿の見えない人間にぶつかったようなふりをしてみせることで、周りの人々に不思議なことが起きたと認識させるのがその目的でした。そしてこの事件を記事にしてより多くの人に伝えた新聞記者こそ二十面相だったのです。

人間が透明になる仕組みは薬品ではなく手品の応用で目新しいものではありません。しかし社会全体に透明人間がいるのではないかという空気が満ちていれば、簡単なトリックでも多くの人を騙すことができます。
用意周到な二十面相の作戦はなかなか手が込んでいて面白かったです。

クライマックスではひとつの部屋に三人の明智小五郎が出現します。

どこからどこまで、すこしもちがわない、三人の明智小五郎。ふたりはうしろ手にしばられて、イスに腰かけ、ひとりは部屋のすみに立って、たがいに顔を見あわしている三人の名探偵。ああ、これは、なんとしたことでしょう。みんな夢を見ているのでしょうか。

もちろん夢ではなく、明智の策略によって二十面相が捕らえられたことがわかった瞬間でした。イスに縛られていたひとりが変装した二十面相であり、もうひとりが明智の用意した彼にそっくりの影武者だったのです。

本物と見分けがつかないまでに変装できる技術というのも透明人間並みにすごいことなのではないかと思ったりもしました。

(2020.3.15更新)

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