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昔読んだ児童書をもう一度読んで感想文を書いてみる、個人の企画サイトです。

リュイテン太陽

福島正実 作
中山正美 さし絵
鶴書房盛光社 350円

リュイテン太陽
イラスト:あみあきひこ

SF設定
時をかける少女」や「なぞの転校生」と同じ鶴書房盛光社のSFベストセラーズの中の一冊で、表題作の他に「暗黒のかなたへ」「地底人オリガ」という2作品が収録されています。

地球時間2116年6月。太陽から8光年離れたクジラ座のリュイテン七二六番星が爆発し超新星となったことで地球を含む太陽系にも宇宙ステーションとの交信が途絶えるなどの影響が出ました。月基地で訓練を受けていた宇宙飛行学校の練習生カトウ・シンペイは仲間と共に遭難した宇宙船の救助へ向かう、というのが「リュイテン太陽」のおおよそのストーリーです。

作者は1959年に創刊された雑誌「SFマガジン」の初代編集長を務めた人物だけあって宇宙船のスピードを説明するくだりひとつとっても、きちんとしたSF作品を届けようという意志が感じられます。

ルーナシアン号は、二分間ロケットを噴射しては三分やすみ、また三分間噴射しては五分間やすむ、というように、くりかえし加速して、しだいにスピードをあげ、やがて、秒速六〇キロに達した。
これは、初期の月ロケットにくらべると、五倍もの速力——時速になおすと、二一万六〇〇〇キロの猛スピードなのだ。

この本は4つ上の姉のお下がりで、読んだのは今回が初めてでした。「宇宙戦艦ヤマト」でワープ航法というものに初めて触れ、その原理をよく理解できないまでも「すげえ!」と感心していた小学生の頃に読んでいたとしたら、こうしたSF的ディティールの虜になっていたかもしれません。


唯一の女子キャラ
ホウリン 「リュイテン太陽」はジュニア向けの作品ですのでSF要素以外では当時の少年向けマンガによくあった設定が多く見受けられます。アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスといった様々な人種で構成されている訓練生の中で日本人の主人公が活躍するという構成にも馴染みがあります。
中でも一番時代を表しているように感じたのはホウリンという女の子の存在でした。

中国人の血をひくらしい、ほっそりとしたうつくしさは、なるほど、ダイアナといわれるのにふさわしい。おまけに、かの女は、かずすくないきっすいの月っ子——月で生まれ、月でそだった、ルーナシティの女の子なのだ。

月基地の通信局に勤務しているホウリンは月の女神・ダイアナに例えられる美少女で、宇宙飛行学校の少年たちの憧れの的です。通信や回復といった補助系能力で主人公たちをフォローする紅一点の存在は昨今の物語では廃れてしまった感があり、懐かしい気分に浸ることができました。


優しい宇宙人
訓練生たちが救助に向かった宇宙船は原子炉が暴走し爆発が近づいていました。懸命な救助作業の中、救命艇の人数制限のために誰かひとりだけが宇宙船に残らなければならないことが判明すると、シンペイは自分がとどまる決断を下します。原子炉の爆発は迫っており、救命艇が再度迎えに来る時間的余裕がもうないことは承知の上でした。

この犠牲的精神を発揮する主人公というのも最近ではあまりみられなくなった、時代を感じさせるものです。わずかでも可能性があれば最後まで力を尽くして全員で助かろうというのが現在の主流でしょう。自己犠牲はあまり受け入れらないばかりか批判の対象になってしまう可能性が高いような気がします。
世代的に「ここは俺が食い止めるから先に行け!」シチュエーションには燃えるものがあるので少々残念ではありますが。

絶体絶命の危機に陥ったシンペイでしたが、割と唐突に登場する宇宙人に救われます。それはリュイテンを太陽とする星系に住み、地球人よりもはるかに高度な文明を築いていたリュイテン人とでもいうべき異星人でした。
自分たちの太陽が爆発することを察知したリュイテン人は新たな移住先を求めて宇宙を放浪し、150年という歳月の末に故郷によく似た惑星、地球を発見したのです。
リュイテン人の科学力をもってすれば地球を征服して移住するのはたやすいことでした。しかし彼らは仲間を救うためには自ら進んで犠牲になる地球人の精神に心打たれ、原子炉の爆発を止めてシンペイを救ってくれたばかりでなく、地球のことはあっさり諦めて他の星を探す旅を続けることにしたのでした。
物分かりの良い、やさしい宇宙人で良かったです。

ちなみにリュイテン人はテレパシーを使って脳内に直接語りかけてきます。

〈ソウダ……ワレワレハ、キミタチノ太陽系ノ住人デハナイ。〉

このカタカナで「ワレワレハ」と語るような宇宙人も、今やコントなどでしか見かけなくなってしまった懐かしいものだなぁと思いました。

(2020.7.5更新)

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