長くなってしまいましたので2回に分けました。
じつは、しばらく前から、いくつかの船が海上で《なにかばかでかい物》に出会っていたのだ。それは、長い紡錘形の物体で、ときおり燐光を発し、クジラよりもはるかに大きく、またずっと速かったのである。
この怪物を仕留めるべく派遣された軍艦には博物学者のアロナックス教授とその忠実な助手であるコンセーユ、更には銛うちの名手ネッド・ランドといった人物が乗っていました。ところが3人は怪物がぶつかった衝撃で船外へ放り出されてしまいます。
海へ落ちた3人は浮かんでいた怪物の背中に登って難を逃れました。そして巨大な一角獣かもしれないと世界が注目していた怪物の正体がネモ(誰でもないという意味のラテン語)と名乗る艦長に率いられた潜水艦だったことを知ります。
ネモ艦長には謎が多く、潜水艦を操って一体何をしているのかその目的もわかりません。ひとつだけはっきりしているのはノーチラス号と名付けられた潜水艦とその乗組員の存在を秘密にしておきたいということでした。そのためアロナックス教授たちは陸に戻されることなく、ネモ艦長の航海に同行することを余儀なくされます。
一種の幽閉状態にはなったものの人類が到達し得なかった海中の世界を見て回れる潜水艦の旅は学究の徒であるアロナックス教授や助手のコンセーユにとっては魅力的なものでした。
「(前略)そこにあるクリームはクジラの乳でつくったものです。砂糖は北海産の海草、大ヒバマタからつくります。最後にイソギンチャクのジャムをさしあげましょう。どんな風味のある果実のジャムにも負けないくらいの味ですよ」
桜でんぶのような例外はあるにせよ、海産物はお米のご飯のおかずでありしょっぱいものという意識が強かったために、これらの洋菓子的甘さを連想させるものが不思議に思えて強く印象に残ったのだと思います。
教授たちが上陸した島で手に入れたパンの実にも憧れました。
「パンどころじゃねえよ」と、カナダ人はつけくわえた。「うまいケーキというところだ。先生は、喰ったことがねえですか?」
「ないんだよ、ネッド」
「じゃあ、このほっぺたの落ちるやつを、たっぷり召しあがってくだされ。もし一口でいやになるなんておっしゃったら、わしは銛うちの名人を廃業しまっさ!」
本当に存在するのか、それとも作者の空想の産物なのか。
昔思い悩んだパンの実について検索してみるとすぐに答えが見つかりました。日本国内だと簡単には試せそうにないのが残念です。
まず厚くて重い。752ページあり、先ほど計ってみたら960gもありました。
また、語り手が博物学者のアロナックス教授なので海洋に関係する珍しい生物や科学、歴史に関してのうんちくが多く、少なくとも自分にとってはぐいぐい読み進められるタイプの本ではありませんでした。
最後まで読み通せたのは海中での電気銃を使っての猟やアトランティス文明の遺跡訪問、あるいは南極点を目指す際に氷に閉じ込められてしまうピンチや、大ダコと死闘を繰り広げるといったわくわくする展開もちゃんと用意されていたからだと思います。随所に出てくる原書出版当時のエッチングによる精緻な挿絵も読書を盛り上げてくれました。
生物の名前さえわかれば科・属・種などを言い当てることのできる分類オタクのコンセーユは教授の身に危険が迫れば自らの命すら顧みない忠誠心の持ち主でもあります。時々ユーモラスな発言をして場を和ませてくれたりするその存在もまたお話を読み進める助けになっていました。
物語の中では一番好きなキャラだったかもしれないなどと思っているうちに「パスパルトゥー 」という単語が脳裏に浮かんできました。はて、これはなんだっけと検索してみて同じ作者の「八十日間世界一周」の登場人物だったことを思い出しました。主人公の忠実な召使いでコメディリリーフの役割を担う、コンセーユに似たキャラクターです。
「海底二万海里」をもう一度読んでみなければ記憶の底に沈んだまま浮上することのない言葉だったはずです。人間の脳は不思議なものだなと改めて感心してしまいました。