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昔読んだ児童書をもう一度読んで感想文を書いてみる、個人の企画サイトです。

人様の記憶に残っている本を読んでみる

八つ墓村

横溝正史 著
角川文庫 Kindle版

八つ墓村
イラスト:あみあきひこ

今回は自分が昔読んだ本以外の感想文になります。
企画の簡単な説明はこちらをご覧ください。

祟りじゃ
1970年代半ばの日本映画は斜陽産業と言われていました。ゴジラのような怪獣映画も新作は作られておらず、当時の自分にとっての邦画はおじさんやおばさん向けの地味でつまらないものでした。「水曜ロードショー」や「日曜洋画劇場」といったテレビの映画枠で放映される作品のほとんどが洋画だったことも影響していたかもしれません。
そうした中、新興勢力である角川映画がヒット作を連発させたことで業界全体が活気づいたような記憶があります。

角川映画の第1作は横溝正史原作の「犬神家の一族」でした。この作品のヒットにより明智小五郎よりマイナーな存在だった金田一耕助という探偵に脚光が当たり、数年のうちに様々な役者が金田一耕助を演じる映画やテレビドラマが数多く作られました。

「八つ墓村」も1977年に映画化されました。金田一耕助役は「男はつらいよ」の寅さんでおなじみの渥美清です。
この映画のヒットに大きく貢献したのがテレビCMでした。猟銃と日本刀を持った恐ろしい形相の男がカメラに向かって走ってくる映像はインパクトが強く、それに被せられる劇中の「祟りじゃ」というセリフは子どもたちの間で流行りました。

中学1年生だった当時「面白いから読んでみて!」と「八つ墓村」の文庫本を差し出してきた同級生がいました。
みんなが話題にしているようなものは避けるというあまのじゃく的な傾向があったため金田一耕助に関するものは本にせよ映像にせよ距離を置いていたのですが、熱心に勧めてくる友人に根負けして本は受け取りました。
ところが家に持ち帰って読み始めてみるとこれが面白い。結局徹夜して一晩で読み切ってしまいました。「八つ墓村」にはそんな思い出があります。


金田一耕助
夢中になって読んだ記憶は残っていても内容に関してはあまり覚えていませんでした。
実は1977年版の映画も数年前に観たのですが、ひどいものでもう「観た」ということくらいしか頭に残っていません。
新鮮な気持ちで読み返すことができましたのでまぁ、良かったということにしておきます。

八つ墓村は16世紀の戦国時代と大正時代末期に大量殺人が起きた地です。
そんないわくつきの村に終戦後間もなく辰弥という青年が現れます。村の有力者が家を継がせるため、赤ん坊の頃に村を出たまま行方がわからなくなっていた辰弥をわざわざ探して連れてきたのです。
ところがその帰郷を合図とするかのように村では恐ろしい連続殺人が起き、辰弥は村人たちから事件の犯人ではないかと疑われてしまうのでした。
かなり複雑な物語をざっくり説明してしまうとこうなります。

もちろん金田一耕助も登場します。しかし物語が辰弥の一人称ということもあってか、探偵は事件の解説役として存在しているような感じでした。

謙遜ではなく、私はあえて告白しますが、こんどのこの事件では、ぼくにいいところは少しもなかった。(中略)私という人間がいなくても、この事件はしぜんと終息し、犯人もしぜんと刑罰をうけていたにちがいないのです。

騒動がおおかた片付いたところでの金田一耕助の発言からも、その影の薄さがお分かりいただけるかと思います。
金田一耕助が出てくる他の作品を読んだことはないのですが、映画は何本か観ています。そこから思うに、そもそもが間一髪で惨劇を阻止したり華麗に事件を解決するというタイプの探偵ではないのでしょう。


3人の女
村には辰弥に関わる3人の女性がいて、それぞれが魅力的に描かれています。

ひとりは東京で暮らしたこともある美也子。辰弥より少し年上の知性と妖艶さを兼ね備えた美人で、因習にとらわれた村人たちから守ってくれる姉御肌の一面も見せてくれます。

「何か起こったところで、あたしというものがいることを忘れないでちょうだい。あたし、これでも強いのよ。負けるの大きらい、男にだってだれにだって……だから、あんまりくよくよしないほうがいいのよ。なるようにしかならないのだから……」

もうひとりは腹違いの姉の春代。心臓の悪い病弱な身でありながら、村で苦境に立たされる辰弥に献身的に尽くしてくれます。幼い頃に母親を失っている辰弥にとっては一番母親の愛情を感じられる人だったかもしれません。

「だれがなんといっても、私だけはいつもあなたの味方ですよ。そのことだけは忘れないでね。私はあなたを信じています。(後略)」

3人目は従姉妹に当たる典子。無邪気で行動力があり、どこまでもポジティブな性格。辰弥を「お兄さま」と呼んで慕う様が可愛いです。

「(前略)そして気ちがいみたいに歩きまわっていたら、バッタリお兄さまに出会って……あたし、びっくりしたわ。心臓がドキドキしたわ。でも、とてもうれしくなって……ねえ、お兄さま。きっと神様が、あわれな典子のお願いをきいてくだすったのね」

典子の年齢は26歳。早産だったためか若く見えるという設定はあるものの中学1年生だった自分が26歳の可愛さを受け入れられたのかどうか、覚えていないのが残念です。

ところで、人間関係が複雑な当作品の感想文を書くに当たってネットで相関図を探している内に「横溝ヒロイン総選挙」なるものがツイッター上で開かれていたことを知りました。典子は何度も1位に輝いているそうです。


意外にさわやか
「八つ墓村」は戦国、大正、昭和の3つの時代の中で合わせて50人近くもの人が無残に殺される凄惨な物語です。殺人の契機となったものは富への執着や色欲といった人間のドロドロしたものでした。
一方で男女間や肉親間の愛が切なくも美しく描かれてもいます。そのためかこれだけの大惨事でありながら読後感は意外とさわやかなものでした。ハッピーエンドといってもいいくらいです。

折角の機会ですので2019年に放映されたドラマも観てみました。
先にあげた典子は映像化されると存在をカットされてしまったりあまり重要ではない役に格下げされてしまったりするらしいのですが、今回観たドラマではしっかり魅力的に描かれていたと思います。
物語の終わり方は救いはあるもののややバッドエンド寄りといったところでしょうか。これはこれで面白かったです。

「八つ墓村」は推理、ホラー、冒険、ロマンスといった様々な要素が詰め込まれたエンタメ作品です。2時間前後の映像作品ではそのすべてを消化するのはかなり難しいでしょう。
映像作品には映像作品としての良さはあるものの、小説としての「八つ墓村」の素晴らしさも再認識することができました。

(2021.9.1更新)

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