SFとはいえシリーズの他の作品同様細かい点までリサーチしているようで、それは初めて海底都市にやってきたハルがロジャーの声を聞いて笑い出すシーンにも表れています。
「おまえの声は、ドナルド・ダックみたいだぞ。」
だが、ハルの声も、キイキイ声だった。
ダイビングで使用するヘリウムガスで声が甲高く変化することは今でこそバラエティ番組などのおかげで広く知られていますが、当時は誰かに伝えれば「へえ!」と驚いてもらえるような情報でした。こうした細かい設定には海底都市のテクノロジーが荒唐無稽なものではなく、近い将来実現されるであろうことなのだとワクワク感を高めてくれる効果があったと思います。
◆イルカが穴に潜んでいるウツボを捕らえる方法。まずカサゴを捕まえ、その毒針をウツボに刺して殺してから引きずり出す。
◆サメの歯はあまりにも鋭く噛まれてもすぐには痛みを感じない。
あるマレーシアの真珠取りは、船のそばに浮きあがって、仲間たちにいった。『ぼくは、サメにかまれたのかどうか、わからないんだ』とーーー。
仲間たちが、真珠取りを船に引きあげて見たら、心臓のすぐ下から半分が、かみとられていた。
◆ジンベエザメに飲み込まれてしまった時はエラから脱出可能。
ジンベエザメのくだりは、興味本位でサメ口の中に入ってみたロジャーにふりかかったハプニングです。物語の中でも説明されているのですがジンベエザメはプランクトンなどを主食とするサメなので人を傷つけるような鋭い歯は持っていません。現在の地球に生息している魚類の中では一番大きな種で、この場面の個体は体長15m、口の差し渡しは1.8mという設定になっていました。
ただいくら大きいとはいえジンベエザメにはどちらかというと平べったい印象があります。酸素ボンベを背負ったロジャーを飲み込んだり、ましてや人間がエラから脱出するなんて無理なのではという疑問も抱いたのですが、それを打ち消してくれたのは次の記述でした。
ロジャーは、ふたたびえら のことを考えた。クストーといっしょに、数年間仕事をしたことがある有名なダイバー、ジェイムズ・デューガンの手記を思いだした。
デューガンは、ハタにのみこまれた、パラオ諸島の男を知っていた。その男は、ハタのえらから脱出したのだった。
ジャック・クストーは著名な海洋学者です。当時はドキュメンタリー番組もよく放映されていて人気がありました。そのクストー絡みの情報とあれば本当のことに違いありません。
もっともよくよく読んでみればエラから脱出したと言っているのはクストー本人ではありませんし、クストーと共に仕事をしていたダイバーですらありません。ソースが伝聞なのでどこまで信じていいものやら判断に悩むところではありますが、小学生にしてみれば「あのクストーのお墨付き情報」と受け取ってしまっても仕方ないでしょう。
いずれにせよその存在を知った時点で海底都市の管理者に「あいつヤバイですよ」と伝えればいいものを、神の教えを説くことで海底世界に平和をもたらしたいというカグズの言葉にハルは悪党が改心したものと判断してしまいます。
この甘さがトラブルの元。当然のことながらカグズは改心などしておらず、ハルとロジャーが偶然海底で発見した沈没船の黄金を暴力的手段で横取りしようと画策するのでした。
いくら健全な少年向き冒険小説の主人公とはいえ、野生生物ばかりでなく人間に対してももう少し危機管理能力を高めておかないといろいろ苦労するよ、というのが大人になった今の感想です。