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昔読んだ児童書をもう一度読んで感想文を書いてみる、個人の企画サイトです。

アバラーのぼうけん

クリアリー 作
松岡享子 訳
ダーリング 絵
学習研究社 昭和45(1970) 550円

アバラーのぼうけん
イラスト:浅渕紫歩

スピンオフ
1950年代のアメリカを舞台に小学3年生のヘンリー=ハギンズとその友達の日常生活を描いた「ゆかいなヘンリーくんシリーズ」。
ヘンリーくんが飼っているイヌのアバラーを主人公とした「アバラーのぼうけん」は全部で8巻あるシリーズの中の7巻目に当たります。動物が出るお話なら息子は好きだろうと母親が買ってきてくれました。

ヘンリー=ハギンズの飼犬アバラーはどこにでもいる、ごくふつうの犬です。犬種はいわゆる雑種です。でも、とても人なつっこい、気のいい犬で、ヘンリーが学校にいくときは、学校までついてくるし、ゆうびん屋さんがくると、ゆうびん屋さんに、ついていきます。

そんなアバラーが家族とショッピングに出かけた時に迷子になってしまい、様々なトラブルの末に無事ヘンリーの元に戻ってくるまでを描いた物語です。

アバラーは名犬と呼べるような類のものではありません。ヘンリーくんのことが大好きで家に帰りたいとは思っていても、迷子になっている最中にエサをもらったりすると、まぁこのままここにいてもいいかなと思ってしまうようなイヌです。格別擬人化されることはないのでアバラーがどんな行動をとるのか先が読めず、結構ハラハラさせられた思い出があります。

今回読み返してみて一番感じたことは、イヌならばこんな時にこんな風に考えるだろうという作者の優れた観察眼です。コメディタッチでありながらリアルな物語として楽しむことができました。

また、お話のヤマ場にはアパートに迷い込んだアバラーがうっかりエレベーターに乗ってしまう場面があります。

ブルルルルルルンというような音がして、とつぜんアバラーは、いままでに、いちどもあじわったことのない、ふしぎなかんじにおそわれました。胃ぶくろはじっとしているのに、からだが上にあがっていくかんじです——こんな気分は、だいきらいでした。

幼い頃はエレベーターに乗る機会があまりなく、アバラーと同じような気持ちになったことも思い出しました。たしか高校生くらいまではエレベーターに乗るのが苦手だったと思います。


本当はアバラーではない
アバラーは元々は野良犬でした。ヘンリーくんに飼われるようになって付けられた名前の由来は次のように書かれています。

「ぼくが、最初に見つけたとき、すごくやせて、あばら骨が見えてたんだよ。だから、アバラーってつけたんだ。」と、ヘンリーは説明しました。

当時小学校の中学年だった自分はこの一節を、訳者が原文を改変したものだと判断しました。
アバラーには英語で他の意味があるのだけれどそれでは日本の子どもにはわかりづらいので「あばら骨が見えていたから」という由来をでっち上げたに違いない。海外の物語を多く読んでいるぼくはそのあたり敏感だからな!とひとりで悦に入っていたのです。

ところがある程度大人になってから「アバラーのぼうけん」の原題が「RIBSY」であり、原書ではアバラーなどという名前はどこにも存在せず、RIBSYと呼ばれていることを知ってたいそう驚きました。
RIBSYのRIBはスペアリブやリブロースでおなじみのRIB、肋骨です。「ぼくが、最初に見つけたとき、すごくやせて、あばら骨が見えてたんだよ。だから、リブシーってつけたんだ。」というのがオリジナルに忠実な訳でしょう。改変されていたのはあばら骨云々の理由の方ではなく、名前の方だったのです。


翻訳の難しさ
肋骨からRIBSYと名付けるのはいわば駄洒落です。そのまま訳しても意味が伝わらない駄洒落は多くの翻訳家を悩ませる点であり、同時に腕の見せ所であるのかもしれません。
今回ネット上で見つけた「不思議の国のアリス」に出てくる駄洒落の一文が様々に訳されていることを紹介している記事はとても興味深く、面白かったです。

オリジナルのニュアンスをうまく伝えようとして大胆な翻訳が生まれることもあります。
お熱いのがお好き」という映画ではマリリン・モンローの「Bryn MawrからVasserを出た」(Bryn MawrもVasserも学校の名前)というセリフに「聖心から学習院を出たのよ」という字幕がつけられて話題となりました。
小学生のくせに全てが忠実に訳されるわけではないというひねた視点を持っていたのはこうしたエピソードを親から聞きかじっていた影響もあったかと思います。

アバラーの方ではなく「あばら骨が見えていたから」という理由の方が改変されたに違いないと思い込んでしまったのはアバラーがキャラクターに与えられた名前だったからでしょう。
自分が親しんできた海外のお話ではジャックが太郎になったりエリザベスが花子になったりはしていませんでした。まさか名前が変えられるとは思ってもいなかったのです。
「毛が白いからシロという名前にした」というようなことであれば怪しみもしたのでしょうが、アバラーといういかにもアメリカにいそうな名前をつけれらてしまうとお手上げです。訳者にしてみればしてやったりかもしれません。

(2021.1.24更新)

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