昔の中華風の国。子どもたちはみんな龍を恐れていました。悪いことをすると龍に食べられてしまうと言い聞かされていたからです。
ところがひとりだけ怖がらない子どもがいました。それどころかみんなから恐れられ、避けられている龍がかわいそうだと言います。
子どもは山の奥に住む龍に会いに行き、自分の誕生日のお祝いに招待したいと告げます。
突然の申し出に面喰らう龍。
「いっても いいかい。 この おれが。」
「いいとも、ぼくは おまえさんを にくみは しない。いじめは しない。もしも だれかが、かかって きたら、いつだって、かばって あげる。」
それまで人間から一度たりともやさしい言葉をかけてもらったことのなかった龍は感激して涙を流し、それが大きな川になります。
おぼれないように背中に乗せた子どもに龍は言います。
「なんと うれしい。こんな うれしいことは ない。わたしは、このまま ふねになろう。ふねに なって、やさしい こどもを たくさん たくさん のせて やろう。 そう やって、この よのなかを、あたらしい よい よのなかに してやろう。」
子どもを村に送り届ける頃には、龍の姿は黒くて立派な大きい船に変わっていました。
読み返してみるとそうでもないのですが、幼い頃は悲しい本という印象を持っていました。
せっかく仲良くなったのに、お誕生日会のごちそうを食べたり、他の子どもたちとも遊んだりする前に船になってしまった龍がかわいそうだったからです。
作者はあとがきに
清純な子どもの愛から、世の中の子どものためになろうという、大きな竜のギセイの愛が生まれました。
と書いています。「ギセイの愛」の美しさは幼稚園児には伝わらなかったかもしれません。
2005年に集英社から出た「りゅうの目のなみだ」は絵が無国籍風になっていて、お話の印象もまた違って感じられるという情報を得たので、そちらも読んでみました。絵を担当しているのは植田真です。
植田真の描く世界は自分にはヨーロッパ風に感じられ、そのためか比較的今に近い時代のお話になっているような印象を受けました。
集英社版は文章もひろすけ絵本版よりボリュームがありました。どうやら最初に発表されたものが使われているようです。テキスト量が増えている分、こちらのバージョンの方が理由もないのに龍を嫌い、恐れている人々の様子がよくわかります。
全体から受ける静かな物語というイメージは絵が異なり、文章量が増えてもあまり変わりませんでした。ただ集英社版の一番最後のページには、船になった龍の上でたくさんの子どもたちが遊んでいる様子が描かれていて、ちょっと救われた気分になりました。
※今回から林檎椿さんにもイラストを提供していただいています。林檎椿さんについてはこちらをご覧ください。