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昔読んだ児童書をもう一度読んで感想文を書いてみる、個人の企画サイトです。

目をさませトラゴロウ

小沢正・作
井上洋介・え
理論社 1965年/1971年6月 第17刷 560円

目をさませトラゴロウ
イラスト:浅渕紫歩

人喰い虎
「童話プレゼント」と題されたシリーズの中の一冊で

山のたけやぶに、とらが すんでいた。なまえはトラノ・トラゴロウと いった。

という決まり文句で始まるお話が全部で七つ入っています。表題作の「目をさませトラゴロウ」だけが中編で残りは短編です。お気に入りの本だったこともあり、内容もよく覚えていました。
各話に連続性はなく、お話ごとに設定がリセットされます。野原で他の動物たちと遊んだり、お母さんにおやつをねだっていたトラゴロウが別のお話ではあぐらをかいてキセルをふかしていたりするので子どもの頃は「このトラゴロウはさっきのトラゴロウとは違うの?」とちょっと混乱したりもしました。
遊んでいるうちに牙をなくしてしまうお話や、ウサギが開ければニンジン、クマが開ければハチミツといった具合に開けた者の好きなものが入っている不思議な箱のお話が好きでした。

こうした紹介だけだとほのぼの作品と思われるかもしれませんが、シュールだったりブラックだったり色々な面を見せてくれる本です。

トラゴロウは まいにち たけやぶの中で あぐらをかいて、きせるで たばこを ふかしていた。でも、たばこばかり ふかしていると おなかが へってしまうから、たけやぶのそとを だれかが とおりかかったら、つかまえて むしゃむしゃ たべてしまうことに していた。

一応「にくまんじゅう」が好物という設定はあるものの、その本質は肉食獣です。会話を交わしていたニワトリ、ブタ、ヒツジなどを容赦なく食べます。人間に至っては全話で合計7人も食べてしまいます。
食べられてしまう人間は主に猟師などトラゴロウに危害を加えようとする者たちですし、作風はあくまでもユーモラスなので残酷な感じはしません。悪者がやっつけられる、くらいの感覚で当時も読んでいたと思います。


舞台化
表題作の「目をさませトラゴロウ」ではトラゴロウがウサギから自分が遠くにある栗の木の下で眠りこけているという不思議な話を聞かされます。

「でもさ、そうだとしたら どうして ぼくは いま ここに いるんだろ」
「それは あんたが のんきだから、くりの木の下で ねているのを わすれて かえってきちゃったんじゃないか」

そのまま眠り続けていれば猟師に連れ去られてしまうため、大勢の動物たちが大きな声で「トラゴロウの目をさますうた」を歌って助けようとします。果たしてトラゴロウは目覚めてこのピンチを切り抜けることができるのでしょうか、というSFやサスペンス、果てはミュージカルの要素まで取り入れたような、読み応えのあるお話です。
高校生の頃にこの作品が舞台化されていることを知り「みんなで歌うシーンもあったし、お芝居向きかもな」と感じたことも思い出しました。

物語は動物園から檻がなくなって人間と動物たちが一緒に暮らせるような日が来るといいなというメッセージで終わります。それは子どもだった頃の自分が理想とする世界観でした。
でも、お話として印象に残っているのはトラゴロウが猟師や他の動物を食べてしまう部分だったりするのですから不思議なものです。


表紙絵
理論社から出ている「目をさませトラゴロウ」は1965年初版の「童話プレゼント版」が21刷、1973年に発刊された「名作の愛蔵版」が50刷というロングセラーでした。現在は1979年初版のフォア文庫版と2000年に出た「新・名作の愛蔵版」を書店などで購入できるかと思います。

ちなみに「名作の愛蔵版」の著者のあとがきに

なお、八編のうち「ゆめのオルゴール」は、童話プレゼント版が発行されたのちの一九六五年一月、日本読書新聞のために書いたものですが、今回、それを新たに加えさせていただくことにしました。

とある通り、幼少期の自分が親しんだ「童話プレゼント版」以降の版には「ゆめのオルゴール」という短編が追加されています。これもシュールな味わいの楽しいお話で、トラゴロウの被害者となる人間もひとり増えます。もちろん井上洋介の挿絵も追加されています。

お話がひとつ増えている分新しい版の方がお得ではありますが、唯一残念なのは「童話プレゼント版」の表紙になっているトラゴロウの絵が他のどの版にも載っていないことです。井上洋介の作でありながら挿絵のトラゴロウとはちょっと違う雰囲気で、トラというよりはトラネコといった愛嬌があって好きでした。

(2018.1.13更新)

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