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昔読んだ児童書をもう一度読んで感想文を書いてみる、個人の企画サイトです。

ヤマネコ号の冒険 その2

アーサー・ランサム 作・さし絵
岩田欣三 訳
岩波書店 一九六八年六月十八日 第一刷発行
一九七四年九月三十日 第六刷発行 定価一二〇〇円

ヤマネコ号の冒険
イラスト:浅渕紫歩

長くなってしまいましたので2回に分けました。

安心感
子どもたちの性格や行動は前作までと同様に丁寧に描かれています。
物語の冒頭、ヤマネコ号にツバメ号のメンバーがやってくる場面で、しっかり者であるウォーカー家の長女・スーザンの持ち物の描写には、子どもたちがこれまで通りだということを保証してくれているような安心感がありました。

スーザンは、ヨードチンキやかぜ薬や胃の痛みどめや、ひざこぞうにはる絆創膏などがいっぱいはいっている、赤十字のマークのついた、黒いブリキの箱をもっていた。これはスーザンをいちばん喜ばせたクリスマスプレゼントだった。そしてこのクリスマス以来、スーザンはだれかがころぶと(ころぶのはいつもロジャだったが)うれしさをかくしきれなかった。

スーザンの行動に一瞬代理ミュンヒハウゼン症候群という言葉が浮かんでしまいましたが、それはこちらが年老いてひねくれてしまったせいです。
大人の専門職がいなくても十分その代わりを務めることができるごっこ遊びを極めるためには本格的なアイテムが必要であり、救急箱を手に入れたスーザンの喜びはそこにありました。
役割を課してそれをまっとうするロールプレイングこそがこのシリーズの醍醐味です。


船酔い
初めて外洋に出たおかげで船に酔ってしまったナンシイが、みんなは平気なのになぜ?と戸惑う場面は自分も乗り物酔いする質でしたので大いに共感できました。
甲板にいるティティを呼びに行った時、ついにナンシイの我慢は限界を越え、手すりの外に頭を出すことになります。

つぎの瞬間、ティティもナンシイのとなりにならんだ。アマゾン号の船長であり、船乗りことばを連発することで知られているナンシイまで、船にようのなら、だれが船によったって恥ずかしくはない。数分の間、船長とAB船員は、共に船よいのみじめな状態のまま、いっしょにてすりの外に首をたれていた。

乗り物酔いは他の人が平気であればあるほど自分がダメに思えてくるものです。あのナンシイですら酔ってしまうこともあるのだと語ってくれたおかげで多少気が楽になりました。

幸いなことにナンシイとティティの船酔いはじきに治りました。
ところが後に、港で育ったビル少年の船酔い対策を聞いてしまったおかげで子どもたち全員に船酔いの危機が訪れます。それは紐に結びつけた大きなベーコン脂のかたまりを飲み込むというものでした。

「ひものさきはもってるんだぜ。」と、ビルは下でしかけた話をつづけていた。「そうして、ベーコンが腹の中であっちこっち動くように、ひもをこちょこちょ引っぱるんだ……」
ナンシイとスーザンとペギイはいそいで顔をそむけた。ジョンはぐっと大きくつばをのんだ。

子供の頃は読んでいて本気で気持ち悪くなりました。


ヒット作
自分にとって「ヤマネコ号の冒険」は期待していたものとはちょっと違う作品で、少々がっかりした記憶があります。
子どもたちが作ったお話ということであれば、子どもたちだけで宝の島を目指し、悪党と対決するという展開にすることもできたはずです。そうしなかったのは作者のある程度のリアリズムは保ちたいという意向だったのかもしれません。おかげで大事な決断などはフリント船長やピーター・ダックといった大人に委ねられ、子ども中心のお話ではなくなってしまいました。
前2作品が自分にも起こりうる身近な冒険物語だったのに対し「ヤマネコ号の冒険」は手の届きそうにない冒険物語でした。少年時代にこの作品をあまり好きになれなかった一番の理由がそこにあると思います。

ちなみに発表された当時「ヤマネコ号の冒険」は「ツバメ号とアマゾン号」や「ツバメの谷」を超えるヒットを記録したそうです。
確かにこの作品単独で捉えてみると宝探しというワクワク感と悪党に追われるスリルにあふれた満足度の高い作品であることが今回読み返してみてもよくわかりました。逆に最初に「ヤマネコ号の冒険」を読んで面白いと思った子どもが次に「ツバメ号とアマゾン号」を読んでも物足りなさを覚えたかもしれません。

個人的には最初に接したのが「ツバメ号とアマゾン号」で良かったです。

(2021.12.12更新)

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