大阪の団地に住んでいる中学2年生の広一は、昨日までは空き部屋だった隣室のドアに名札がかかっていることに気がつきました。引越しの気配をまったく感じていなかったので不思議に思っていると目の前でドアが開き、ひとりの少年が現れます。
出てきたのは、広一と同じ年ごろの少年である。が、それはどう見ても、ただの日本人ではなかった。髪も、ひとみも黒かったが、ととのった顔だちといい、ひきしまった筋肉といい、まるでギリシア彫刻を思わせるような美少年だったのである。
翌日、その少年は広一のクラスに東京からの転校生として現れ山沢典夫と名乗りました。
見た目が美しい上に成績優秀でスポーツも万能な典夫はすぐにクラスの人気者となります。しかし典夫にはクラスメイトとの距離を縮めようとするような様子はありませんでした。また雨には核実験の放射能が含まれていると言って少しでも濡れるのを嫌がったり、飛行機の音に異様に怯えるなどおかしな行動も目立つようになっていきます。
典夫の奇行の原因は彼が住んでいた世界が戦争で滅んでしまっていたことにありました。典夫は家族や多くの仲間と共に争いのない平和な世界を求め、高度な科学力によって別次元へと移住してきた人々のひとりだったのです。
もっとも「なぞの転校生」は反戦というよりは読者と同じ次元に住んでいる主人公の広一と別次元からやってきた典夫との間に生まれる友情にスポットが当てられた作品だと言った方がいいでしょう。
科学の進歩に恐怖を抱いている典夫にはその危険性に気づいていない広一たちが愚かに見えてしまいます。
「きみは……。」
典夫は、歯ぎしりした。「きみは白痴だ。」
「白痴だと?」
「そうだ。こんな、電化製品や、文明の利器なんて……ないほうがよっぽどいいんだ。きみたちは鈍感だから何も感じないんだろう。われわれにとってみれば、文明世界より原始世界のほうがよっぽどましなんだ。」
「なまいきな!」
広一は思わず典夫の胸ぐらをつかむと、ほおをなぐった。
そもそも引越しの段階から典夫に怪しいものを感じていた広一です。またクラスの中心的存在として振る舞ってきた立場が典夫の登場によって揺らぎ始めたことも広一が暴力を振るってしまったことの一因だったかもしれません。この男子中学生の微妙な心の動きにはなんとなく共感できるものがありました。
広一のクラス内での株が一時的に落ちてしまうような事件ではあったものの、このことをひとつのきっかけとして典夫は広一が自分を特別な目で見ないただひとりの人間だと理解するようになっていきます。ケンカから芽生える友情は青春ストーリーの王道です。
紆余曲折の末、次元ジプシーたちは広一たちの住む世界に留まる決断を下します。逃げ続けることをやめ、困難に見舞われた時はそれに立ち向かうことを選択したのです。典夫の一家は東京に引っ越して新しい生活を始めることになり、そのことが級友たちに告げられました。
みどりの気持ちを知っていた広一がそっと隣の席をうかがうと、そこには意外にも晴れやかな表情をした彼女がいました。
悩み苦しんでいたみどりは、きっと典夫の帰還を頂点として、そこで自分自身をとりもどしたのにちがいない。中学二年生のクラスメートとしての関係の限界というものを、かの女は自分にいい聞かせて、なんとかしてもとの自分にかえろうとしたにちがいない。
こうした描写は男女交際のあり方を示唆し、恋愛もいいけれど中学生の本分は勉強ですよとうたっているような気もします。「中学二年コース」編集部の意向が反映されたのかもしれないと勝手な想像をして楽しむことができました。
物語は広一と典夫とみどりの3人が一緒に下校するシーンで終わります。
「もうすぐ学年末試験だぞ。」
「ああ、やるとも!」
典夫は快活に答えた。「おおいにがんばろう!」
三人は、まるで申しあわせたように、校門を出たところで立ちどまった。ふりかえった校舎のサクラは、もうちらほらと咲き始めていた。
学年誌に連載された作品にふさわしいエンディングです。
※今回から空木憂さんにもイラストを提供していただいています。空木憂さんについてはこちらをご覧ください。