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昔読んだ児童書をもう一度読んで感想文を書いてみる、個人の企画サイトです。

ウサギが丘

ロバート=ローソン 作・画
松永冨美子 訳
一九六六年六月一日初版発行 一九七十年一月二十日第七刷
福音館書店 480円

ウサギが丘
イラスト:浅渕紫歩

世界観
1944年に発表されたこの作品はアメリカの片田舎で暮らす、ウサギの一家を中心とした動物たちのお話です。

作者のロバート=ローソンは絵本作家、挿絵画家として有名で代表作には以前感想文を書いた「サムくんとかいぶつ」や、その中で少し触れた「はなのすきなうし」などがあります。「ウサギが丘」の豊富な挿絵はもちろんローソンの手によるものです。
動物たちの絵はリアルなタッチでありながら、家には暖炉があってエプロン姿のかあさんウサギが料理をしている、そんな世界観です。大きなシカから小さなネズミやモグラまで、丘で暮らしている動物たちの関係は概ね良好で、肉食獣であるキツネやスカンクも礼儀正しい丘の一員として描かれています。

では優しいだけの世界かというとそうでもありません。動物たちの最近の関心事は近々引っ越してくる人間のことでした。もしやってくるのが「よいにんげんたち」ならば荒れ果てた菜園が整備され、動物たちの生活も豊かになります。しかしかあさんウサギは恐ろしい噂話を耳にしていて、それが心配でしかたありませんでした。

それは、しんせきのウサギ穴に、ある男が、自動車のはい、、気ホースをつないだことなのです。このざんこくなやりかたで、いくつものウサギの家ぞくが、ぜんめつしたということです。

子どもらしい夢のある世界に妙に具体的で禍々しい空気がさらっと入ってきたりするのは面白かったです。


理想形
様々な疑念が巻き起こり、トラブルは発生するものの、引っ越してきたのは動物を傷つけたりしないように家の車寄せに運転注意の看板を立てるような、優しい人間たちでした。
そればかりではありません。動物たちがいつでも使えるような水飲み場を整理し、みんなが食べられるようにと穀物や野菜、塩の固まりなどを置いてくれたのです。

感謝した動物たちは新しく引っ越してきた人たちの菜園を荒らさないよう取り決め、よそ者や害虫から守るために見回りもするようになりました。
地元の人々は柵も罠もなく、毒がまかれることもないのに作物の出来がいい畑を見て首をひねるばかりです。

「(前略)ところが、このおれだ。おれは、みんなやってるだ。さく、、も、わな、、も、毒も。りょう銃をもって、ひと晩たってたことさえあるのに、どうなったとおもうね? おれのニンジンは、ぜんぶくわれちまったし、サトウダイコンは、はんぶんになっちまったし、キャベツはくりぬかれるし、トマトはふんづけられるし、しばふは、モグラにほりかえされちまった。」

十分な食べ物を与えることで動物たちの生活は豊かになり、それが人間の畑が守られることにつながる。幼い頃にこの物語が好きだった最大の理由はここにあったように思います。これぞウィンウィンの関係であり、人間と動物の共生を描く物語の理想と言っていいかもしれません。

もっとも大人になってしまった今ではこの美しいストーリーを額面通りに受け取ることはできませんでした。
引っ越してくる人間の作物に期待を寄せる動物たちはどことなく図々しく見えてしまいました。また子どもの頃は動物をいじめる悪い行為のように思えた罠や毒も、人間が農業で糧を得るための正当な防衛策と認識するようになっています。

なによりも野生動物に十分な食べ物を与えたことろで彼らが感謝の意を示すことなどありえず、それどころか数が増えて畑の被害が拡大することが目に見えています。
きれいごとだけではどうしようもないのが大人の世界です。


家畜の立場
動物が主人公の物語に於いて、本来捕食者と被捕食者の関係にある者たちがどう関わっているのかが気になるという感想はこれまでに散々書いてきました。
「ウサギが丘」に登場する主な肉食獣はキツネとスカンクですが、引っ越してきた人たちは彼らのためにゴミをたっぷり出して満足させてくれました。肉食獣と草食獣が仲良く暮らすお話にする上でなかなかうまい案に思えます。

それとは別にひっかかりを覚えたのが家畜の描かれ方でした。
野生動物メインでお話が進む場合、イヌやネコはしばしば人間側に属する厄介な存在として描かれ、同じように人間に養ってもらっているニワトリやブタは取るに足らないものとして扱われることが多いように常々感じていました。それは「ウサギが丘」でも同じで、シカとスカンクのヒューイは新しく引っ越してくる人間がもたらすかもしれない恩恵について次のような会話を交わしています。

「ありますとも。」シカは、きっぱりといいました。「もっとずっとすてきなものがね。ところで、きみ、話をかえるけどね、コンキチくんは、ニワトリや、もしかするとアヒルなんかもくるんじゃないかと、まっているようですよ。きみにもきょうみがあるとおもうんだけど。」
「ニワトリ、けっこうだね。わかいやつね。」ヒューイは、あいづちをうちました。

キツネやスカンクがニワトリに興味を持つのは仕方ないこととしても草食であるシカですら家畜は食べられて当然のものと思っているようです。
人間がその肉を食べている事実がある以上、家畜の擬人化というのも物語を作る上でやっかいな問題ではあるなと思った次第です。


続編
福音館書店から出ていた「ウサギが丘」は絶版になってしまったようです。2002年にはフェリシモ出版から「ウサギの丘」というタイトルで新訳本が出ましたが、こちらも現在では新刊を手に入れるのは難しそうです。

そんな状況を調べているうちに「ウサギが丘」には「ウサギが丘のきびしい冬」という続編があることを知りました。図書館で借りて読んでみましたが前作でお馴染みとなった動物たちが例年になく厳しいものとなった冬をなんとか乗り越えていくお話で面白かったです。
初読から半世紀後に続編が出ていることを知ってそれを読むというのも不思議な気持ちがしました。

(2022.4.14更新)

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