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昔読んだ児童書をもう一度読んで感想文を書いてみる、個人の企画サイトです。

人様の記憶に残っている本を読んでみる

地獄の辞典

コラン・ド・プランシー 著
床鍋剛彦 訳
吉田八岑 協力
講談社

地獄の辞典
イラスト:あみあきひこ

今回は自分が昔読んだ本以外の感想文になります。
企画の簡単な説明はこちらをご覧ください。

辞典を読む
1863年に出版された、地獄にまつわる魔神などをデータベース化した本です。
1990年に出た日本語版は原書を約10分の1にまとめたものらしいのですが、それでも単行本に三段組で羅列される情報量はかなりのものでした。文字も小さく、老眼鏡を持ってしてもかなり明るい照明がないとなかなか読み進められないのがちょっと情けなかったです。

扱われている情報はメフィストフェレスやアザゼルといった小説、ゲーム、アニメなどでおなじみの悪魔たちばかりではありません。魔女の儀式や降霊術、吸血鬼や狼男のようなモンスター、エルフやコボルトのような妖精、更にはジャンヌ・ダルクといった実在の人物と多岐に渡っています。
人に説明する時はざっくり「オカルト辞典」と言ってしまうとわかりやすいかもしれません。様々な事柄があいうえお順(原書ではもちろんアルファベット順)に掲載されていますので悪魔、地獄関連の創作をしたい時に手元にあるとかなり活躍してくれそうな本です。

一般的に辞典は調べたいことを引くものであって、小説のように頭から読むことはあまりないかと思います。
ただ「地獄の辞典」は作家性が強く感じられる作りになっていることもあり、読み物としても十分成立している作品だと思いました。翻訳版には悪魔学者・吉田八岑の興味深いコラムも挟まれていて読者を飽きさせない工夫もされています。
挿絵も豊富な本作は今回の自分のように頭から読み通してもいいでしょうし、枕元に置いておいて毎晩寝る前に拾い読みをしてもいい、様々な楽しみ方ができそうな一冊です。

地獄の辞典


なんとなくコミカル
「地獄の辞典」というだけあって本書では様々な魔神(悪魔)が紹介されています。

●アムドゥシアス Amduscias
地獄の大公爵。一角獣の姿をしているが、降霊術で呼ばれたときは人間の格好で現れる。注文があれば音楽会を開催する。(後略)

●ザエボス Zaebos
地獄の大伯爵。鰐にまたがった立派な兵士の姿で、頭には公爵冠をかぶる。性格は温和である。

●フェルフュール Furfur
地獄の伯爵。萌える尾を持つ鹿の姿で現われる。いつも嘘しか言わないが、三角形のなかに閉じ込めると本当のことを言う。(後略)

●メルコム Melchom
財布を持つ魔神。地獄では公務員の給与支払い係を務める。

上記はほんの一例で、他にもちょっとしたいたずらはするけれど、人間とうまくやっていけそうな悪魔がたくさん出てきて、日本の妖怪に対して感じるような親しみがわいてきました。

悪魔は悪魔でいろいろ苦労していそうなことがわかりました。こうした意外に憎めない部分をうまく作品に落とし込んでいるのが「よんでますよ、アザゼルさん。」や「鬼灯の冷徹」などのコミックスなんだと改めて思いもしました。

地獄の辞典


悪魔とは
作者は敬虔なカトリック教徒でしたので地獄についても魔神(悪魔)についてもキリスト教的な解釈が中心となっています。

自らを創造主である神と同等だと思い込んだサタンとそれを支持する一部の天使が反乱を起こします。しかし反乱軍は神と天使の前に敗れ、遠い地へと落とされてしまいます。カトリックの教義によれば落とされた者たちが魔神(悪魔)、その場所が地獄ということになるそうです。
悪魔と聞くと人を惑わし害を為すものを想像します。ただキリスト教の悪魔に匹敵する存在は日本にはいないのかもしれません。

作者は魔術と称して人をだます詐欺行為や不当な魔女裁判に対して厳しい目を向けています。科学的あるいは医学的なものの見方ができるからに他なりません。一方ではクリスチャンでもありますので神はもちろんのこと、悪魔の存在も信じています。
常々不思議に思っているのですが、例えばキリスト教徒のお医者さんは処女降誕やイエスの奇跡を信じながら、それらと自らの医学的知識との整合性をどうやって取っているのでしょうか。
特に信仰心がなく、オカルト的な事象に対しても基本否定的な態度を取ってしまう自分にはなかなか理解できない事柄です。

魔女裁判が政敵を陥れたり、富める者から財産を奪うために悪用されてきた歴史的事実を本書はよく伝えてくれています。そこにある人間の悪しき心は悪魔そのものであり、自白をさせるために残虐な拷問が行われた場は地獄といってもいいでしょう。
そういう意味では悪魔も地獄も確実に存在するのだなと思わせてくれる本でした。

地獄の辞典


すごい情報量
キリスト教世界をメインとしながら情報は中東やアフリカ、アジアなど世界各国から収集されています。
日本に関する事柄も結構出てきます。もっとも残念なことにその記述はあまり正確とは言えません。

●狐 Renards
日本の神道信者たちは、邪悪な者の霊魂だけが悪魔であるとみなし、その魂はこの国を荒らす害獣の狐の体に宿ると考えている。

実際にこうした考えがあるのかどうかはわかりませんが、神道と結びつけるのであればキツネは神様の御使いという認識の方が日本人には馴染みがあるかと思います。
山伏については悪魔と親しく言葉を交わす狂信者などと書かれていました。まぁ、当時のキリスト教徒にとっては異教徒は皆狂信者に見えたのかもしれません。

このような不正確な記述は19世紀の情報伝達技術からして仕方のないことであり、本書の価値を下げるものではありません。むしろ世界のあらゆる場所の情報を載せてやろうという貪欲さに感服しました。

現在広まっているのとはちょっと違った情報も面白いものです。
最後にインパクトのあった情報をお伝えして感想文を締めたいと思います。

●四つ葉のクローバー Trèfle à quatre feuilles
絞首刑になった者の血を養分として絞首台の下にはえる草。新月の最初の日の午前零時過ぎにそれを摘んでうやうやしく身につければ、どんなゲームにも必ず勝つ。

幸運を呼ぶってそういうことだったのか!

地獄の辞典

(2021.7.28更新)

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